2016年6月28日火曜日

カントの哲学と叡知界が向こう側であるならば、彼らは何が目的なのか。

叡知界という向こう側がカントの哲学では存在する。

しかし、彼らが本当に道徳的な存在とは思えないので、多分違う。

霊的な物が、学術的に認められた唯一の学問が哲学であり、古くからはプラトンの言う、イデア論がある。

しかし、本当のところは何も分からない。
それがこの幻聴である。

そして私自身、立ちションベン、唾はき、交通違反、暴言などの軽犯罪は犯してたとしても、人殺し、レイプ、盗み、道徳外れた、非情な犯罪行為などを犯したことは一切ない。
もちろん、統合失調症と診断された人たちの殆どが、ただの善良なる市民だろう。
そんなことで、道徳的制裁があったならば、死刑囚はすでにあの世行きだが、彼らは私たち一般社会で汗を流し、一生懸命に生きている人間よりも、何もしないで、刑務所で優雅に暮らしているのである。

とりあえず、哲学をちょっとだけ勉強してみたが、結局何が言いたいのか、分からない。
ただ、昔からこの物の怪の存在が、神、妖怪、霊魂、宇宙人、地底人、UMAなどなどとして、度々人々の間では薄っすらと認識だけはされている。

とにかく不思議であるが、興味があれば、哲学も少し勉強してみると良いかもしれない。

http://bigakukenkyujo.jp/blog-entry-28.html
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10069/32391/1/kyoikuJK00_23_10.pdf

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