2016年4月4日月曜日

テレパシーがほぼ聞こえなくなってきた時にこの差し込まれた言葉、単語そのものが自分の思考になっているかもしれない恐怖

今現在、はっきりと第3者であることが明確に認識できている、脳内に聞こえてくるテレパシー、差し込まれてくる言葉。

この言葉が今現在は、自分とは全く異なる者によるものと分かるが、これが小さくなり、テレパシーが遠のくほど、この言葉、差し込まれた言葉はまるで自分の思考になっている恐怖と困惑と、自己の疑念、そして恐怖がこみあげてくる。

テレパシーが小さくなれば小さくなるほど、まるでそれらの思考は全て自分の考えなのか?差し込まれた言葉なのか?それすら認識できなくなる。

そのとき、私たちはこのテレパシーの恐ろしさを知ることになる。

私は私ではない、何者かによって、もしかしたら誘導、導かれ、思考すら奪われているのではないのか?と言う疑念にすら考えてしまうことになるのである。

本当に、この脳に直接語り掛けてくる行為、そのものの危険性を今一度、正しく認識して置く必要がある。

脳会話は思考になってしまった瞬間に、私たちはヒューマン人形、ラジコン人間になってしまったかもしれないという恐怖を認識するべきである。

イタコ、スピリチャル、超能力、祈祷師、そうした類の行為を得意げに行うべきではない。
私たちは自分が自分であるためには、この脳に入ってくる言葉、こうした行為を受け入れたり、許可してはいけない。

本当に危ない行為であることを正しく認識するべきである。

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