もしも、電気がないだけで、すべてを失うことになることに気が付いているだろうか?
電気が無ければ、それだけで、大きく退化する。
電気が狂うことを考えたことがあるだろうか?
私たちは電気を失った未来を考える必要がある。
私が恐怖体験したものに、電子機器の乗っ取り行為と、電気製品がガラクタにされる行為、そして電気製品が狂い、携帯電話すら使えない事態、そして電機で動作するあらゆるものが動かない事態を軽く、体験した。
電気がない世界を考えてみて欲しい。
ほんとに使えなるのです。
ただのゴミです。
今後、お金を使うとしたらそうした電気製品に肩入れしても仕方がないと言うことです。
私は、電気製品を買うのを控えていこうと思います。
電気を過信し過ぎるのはほどほどにしていきたいと思う。
とはいえ、電気が無い訳ではなく、使えるうちは、ほどほど使うが、しかし、突如使えなくなるリスクとういうものを考える必要がある。
原発は、冷却システムが冷却水ポンプモーターが動かなくなった時点で水をポンプアップができない。その時点ですべては制御不可能になり、あんなものはゴミ同然なのである。水圧を上げるのは水ではなく、ポンプであり、電気であることを忘れてはいけない。原発問題の冷却水循環ポンプが動かなくなっただけである。たったこれっぽちのこともできずに、この騒ぎになるのである。
もちろん、ディーゼルエンジン発電機の発電量なんかでは、当然あの巨大な施設の1/3も稼働させることはできない。そうした時点で、原子力発電をコントロールしている気になっていること自体、頭が狂っているとしか思えないのである。本当に諸刃の剣であり、電気が無ければ何もできないショボい科学力を過信する時点で、この世は終わっているに等しい。
もちろん、ディーゼルエンジン発電機の発電量なんかでは、当然あの巨大な施設の1/3も稼働させることはできない。そうした時点で、原子力発電をコントロールしている気になっていること自体、頭が狂っているとしか思えないのである。本当に諸刃の剣であり、電気が無ければ何もできないショボい科学力を過信する時点で、この世は終わっているに等しい。
しかし、本当に私が体験したことは、確実に起こり得る危険であり、私たち人間が狂わされることも容易であれば、機械など一瞬で壊れる。生身の私たち生命体にアクセスが可能であるなら、何でもできるのである。
このテレパシーは本当に恐ろしいものであることは間違いない。
危ない事が起こらないように祈るばかりである。
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