2018年1月6日土曜日

今でも十分凄いが、私たちの未来があるのであれば、きっと私たちの未来はもっと凄いのだろう。

私自身、何かしらの力が左右して、この世界を気づきあげてきているのではないか?と考えているが、そのことを否定し、もしも、私の考えていることとは間逆で、私たちだけの力でここまで、世界を発展させえて、文明を気づき上げたとする。

正直、どっちがどうでもいいことであるが。

この先に答えがあるとして、私たち人類がこのまま進歩し続けるならば、さまざまなことがどんどん可能になるだろう。
そうしたときに、私たちはきっと過去のことに興味を持つはずである。
もちろん未来の私たち人間が存在するのであれば、SFのような話も本当に現実になるのだろう。

しかし、その時、私たちはこの平和をどう維持させるか。
そしてこの先が無くならない努力を行うはずである。

私自身は、宇宙人と言ったが、私たち人間の未来人や時空を超えてくるものたちは皆、私からしてみれば、宇宙人である。

また宇宙に出てしまえば、みんな宇宙人である。なにも未来人は地球に居ない、月生まれや、火星生まれもたくさんいるのだろう。

本当に現代では、想像を絶するものたちである。

そして人間そのものは何なのか?
私たちの進化はこの数年程度で劇的に進化を遂げている。
そしてこうも考えることが出来る。

何故、私たちは今まで出来なかったことが出来るようになったのか?
何かしらの力が左右しているのではないか?

しかし、そんなおとぎ話や推測ばかりしていても仕方がない。

私たちは過去から現在、そして未来、今後もこのようなことが永遠に続く限り、世界は続いていることを意味している。

そしてこれまで、記録されている、文献、宗教、悪魔や天使などの空想話、地獄や天国、死後の世界、そして輪廻、因果応報、そんな与太話も実は満更ではない気がする。

記録に残された意味がある。

そして私たちは現代に生きるのであれば、今の世界でどう立ち回るか、平和にこの世界が永遠に存在するためには、どうすればいいのか?

そんなことはこれまで、たくさんの説教を聞いた通りであり、歴史を振り返れば、私たちの行い方は明確である。

日本人として、私が教わった生き方。
それは次の通りである。

国民の義務
学び、労働し、納税する。

そして法律を遵守し、法と秩序を守ること。
決して危険行為を行わない。

そして日本人であれば、誰に教わったわけでもないが、必ず知っている。
108煩悩である。
108つの除夜の鐘である。

そんな当たり前のことを行えば良いだけで、未来は平和で安心な社会が形成されていく。

特に特別なことをしなくても良い。

私自身、人に説教をするほどのものではない。
この向こう側の者に、釈迦に説法とも言われたことがある。

とにかく何を言っても無駄であり、何を問い、何かを競っても、現代の私たちには分からないことだらけである。

教えられたことは、へんなことに関わらないこと。
受け取らないこと、余計なことをしないこと。
へんなことを引き受けないことである。

テレパシーは本当に時折、へんなことを言うときがある。
あるものは、隣に居るものの振りをして、独り言のように文句言ったり、私たちをけなしたり、おちょくったり、へんなことを言ってくることもある。

そしてそうした行為を真に受けることそのものが、危険な行為であり、私たちのことを試したりもするとも言う。

私たち自身が危険人物であるか、否かを試しているのかもしれない。

本当に、意味がわからないことが続くこともあるだろう。
しかし、教えられたことを守り、いつも通りの生活を続けていくしかない無いのである。

私自身の今までの人生は何一つ知らない、気が付いていない人生であった。
しかし、残りの人生は、何かに気が付いた人に変わったが、この先も気が付いているが、正直、何も知らないほうが楽な気がしてならないので、知らずに無視して行く他に無い。

本当に、気にすることは、関わることを意味する、そしてそんな幻聴に翻弄され、苦しみを与えられることは真っ平御免である。

本当に何のことは意味が分からないが、これまで通り、普通に生きていくだけである。

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