2016年11月17日木曜日

自分の考え?テレパシーによるインプットされた思考?常に疑問を持つこと

この行為は本当に危険なのは、世の中の人たちはこういった行為の存在に気が付いていないと言うこと。

そしてこうしたインプットされた考えをあたかも、自分自身の考えや、気持ちと直接考えてしまうことが、とても危険な行為の一つである。

私たちの考えたことのように思える様々なことは、実はインプットされたテレパシーの声であるかもしれないことに気が付いて居る人でも、また気が付いて居ていない人は特に、すべて自分の思考としてしまう。

こうした経験をした者には気が付くことも、何も知らない人には、まるで理解されることが無い、この幻聴とテレパシーの声。

こうした行為を知らない人に残せる言葉があるとするならば、「私たちの思考のすべてが自分自身の思考ではない」と言うことを肝に銘じて生きて欲しい。

私たちは、常に自分の考えに疑問を持ち、感情的にならず、一度立ち止まり、考え直すこと、そして多面的に考えることを日常的に訓練するべきである。

人間の思考にジャミング行為があった場合、意図も簡単にその思考になってしまうと言う。

気が付いている者と、気が付いていない者がおり、私の中のもう一人の自分などと言う、客観的に考えることができる人間と、ダイレクトに思考が行動になってしまう人間がおり、こうした客観的な解釈をしない人にとって、こうした行為が直接、その者の思考となり易い傾向にある。


私たち人間は、常に自分自身に疑問を持ち、常に多面的に考えることを忘れてはいけない。

こうしたテレパシーによる声が自分の思考ではない事は、明らかなことである。

私たちが、生き辛い世の中にしているのは、自分自身であるかもしれない、またはこのテレパシーにより意図的に周囲の思考すらコントロールされていることも考えるべきである。
本当に奇妙なことなので、だれも信じてもらえることはない。そして被害妄想と言われて終わってしまう点も問題である。

しかし、被害妄想と言われても、それ以上は証明できないものは、仕方がないので、争わず、荒げず、そうした者たちと深く、関わらないように、あたり障り無く、接するだけである。

私が、よく聞かされたことに、世知辛い世の中にしている行為は、こうしたテレパシーにより、意図も簡単にしてしまうとある。

周囲の人間が、あなたのことをあまり好ましくない人物であると、常にインプットされると、次第に、あなたは嫌われて、孤立してしまう。

そんなことさえも意図も簡単に行われるのである。
本当に、テレパシーという得体の知れない存在により、私たちの思考は常に乗っ取られ、そうした行為を知らない人間にしてみれば、そのインプットされた思考、言葉は、自分自身の思考、言葉であると思い込んでしまう。

こうしたロボット化された人間が大勢いることを、私たちは知るべきである。


テレパシーの声や、幻聴の存在を訴えてたり、そうした存在の注意を呼び掛けても、大半の人物は信じることはしないが、こうしたテレパシーの存在を知る者たちは、常に自分の思考とは別の何かわからない、思考がインプットされていることに、気が付いているのであれば、気持ちと思考をダイレクトに結び付けることをするべきではない。

多面的に考えて、自分自身を否定することも必要であり、常に中立にいることも大切である。

YES・NO、好き・嫌いの極論を出すような思考は、避けるべきである。

私たちは、常に悪戯されている可能性を考えて、中立に、極論づけず、結局のことろ、分からないという、そんなことは、どうでも良いという選択もあるのである。

あなたに嫌がらせをしてくる人が居るとする。
そうすると、嫌がらせを受けた人は、嫌がらせをする人を嫌いと思うかもしれない。
しかし、真っ向から対立すれば、争いごとになることはすぐに分かることである。

しかし、実際に、私たちは、その嫌がらせをしてくる人のことなど、どうでも良いのである。

あたりさわり無く接し、極力、関わらないようにするのが、答えである。

私たちが、生きずらいのは、自分自身に問題があるのではなく、そうした思考を周囲から攻められる行為すら容易に可能な存在も居ることを忘れるべきではない。

何を言っているのか?という疑問があるだろう。

私たちの思考に、テレパシーの声で、ちょっとした言葉がインプットされるだけで、その人間の思考は、そのインプットされた言葉に支配されるということを知っている人間と、知らない人間が居るということを忘れてはいけない。

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