2018年4月17日火曜日

この世はマトリックスだ。

今住んでいる世界がマトリクスではありません。
現実です。

ではマトリクスとは何なのか?
それは私たちの未来なのかもしれません。
そして私たちは永遠の命を手に入れたとするならば、そこは現実の社会ではなく、マトリクスなのかもしれません。

そしてマトリクスにもたくさんの世界観があることでしょう。
天国や地獄、そして電子刑務所と言うものもあることでしょう。

マトリクスの世界は何であれ、私たちの未来なのか?もっと別の星の話なのかもしれません。

しかし、私たちはすでに多くのことを知っており、情報を得ており、またこの世での生活を規律正しく生きようと努力して誠意いっぱい一生懸命に生きています。

それは皆、教養と道徳からであり、決して本能では生きてはいません。

裏の顔と表の顔があっても、決して裏の顔では生きてはいないのです。
そこにはやはり何もわからなければ何をしてもいいと思って生きている人と誠意いっぱい人間として正しく生きようとする者の差が出るわけですが、人は10人10色と言うように様々な価値観で生きています。

私たちの未来が無くなると困るのは誰なのか?
そしてそうした危険な行為が起こった時、私たちはどうなるのか?

よく考えなくても誰もが理解するはずです。

私たちは、危険な行為をしない。危険な行為とかかわらない。危険な行為を引き受けるない。
本当に危ないのは、私たちの知らないところでも沢山起こっており、実に多くの犠牲があったとしても、最後に何も残らない、全てが破壊されてしまう行為があったとするならば、そうした危険な行為を行うものに制裁が下ることは容易に想像がつくは話であり、私たちがこうしたビームの危険な行為に関わっていくならば、制裁があるとすれば、ビームにより見返りが来るのは当たり前の話である。


私が一時的にもの凄いビームの餌食になっていた時期があったが、そうした時期はビームに翻弄されていた時期があり、全て自分の行為とは別に操り人形のようにビームの言われるままに行動していた時期が数か月あった時期がある。主に睡眠時、横になっている時に言われるままに土下座したり、立ち上がったり、どこそこへ向かえと言う指示に従っていたりもしていた時期もある。

そうした指示に従って行為することそのものが、人間ではない状態になっており、制裁を受けた原因でもあると思う。本当に危ないビームが私を苦しめたのはそのころである。

その後、危ないことに関わらないようにとの助言から、常にテレパシーの向こう側には関わらないと繰り返し言い続けてきたことで、現在ではそれほど煩い音は聞こえなくなったが、それでもまだまだ危険な痛みを感じるビームが時折、存在しており、私たちは常に監視されていることも理解している。

とにかく未来や向こう側の危険があれば、私たちそのものも危険なことを意味しており、私たちが彼らの導きにより、平和を手に入れているとするならば、彼らが平和に生きていける世の中を、今度は私たちが協力してほしいとのことも聞いたことがあり、共に生きている理由はそうした危険な世の中があってはならない。

未来に危険が起こることは現在の私たちも関係している。
簡単に例えるならば、現在今の私たちの生活は、過去の自分の行いによるものであり、当たり前のことを言っているだけの話であり、今後の未来の自分の生活は、今現在の私たちの行動によってすべてが決まるものである。

当たり前のことですが、私たちが地獄へ行くのも、天国へ導かれるのも、自分次第と言う訳です。

本当に死後と言うものを信じるも信じないも自分次第ですが、私のような幻聴が聞こえる人や、寝ていながら映像を見ている夢を見る人そうした不思議なものを誰しもが経験して、こうした情報を得て、たわ言と考えるか、自分の今後の生き方を考えるか、すべては自分が決めることであり、私はこの場でこうした情報を提供したところで、自分の生活をどう決めるかは、自分次第なのです。

しかし、地獄や天国、因果応報、それらの多くの不思議な単語や意味を誰もが知っており、この世にそうした不思議な言い伝えや存在を知らない人はいないし、多くの情報を得て、生きている訳であり、今更考えるも何も、無いのですが、興味があるのであれば、自分の経験からではなく、歴史を学び、様々な宗教の教えを考え見たり、調べてみるのもこのことと直結してることです。

歴史を考えるならば、本当に私たちは昔からこうしたこと多くの情報を得て、現在の平和を手に入れているのです。




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